■スコータイ時代
13世紀半ばに、タイ族のウンダンカロ王によって成立した初の王朝「スコータイ」は幸福の夜明けという意味です。
この王朝を築くに当たって、北西部のモン人によるドヴァラヴァティー王国と、南東部のカンボジア人によるクメール帝国、そして南部のシュリビジャヤ王国を征服したため、食文化もこれに伴い諸国からの大きな影響を受けたと言われています。
三代目の王、ラームカムヘーンの碑文には「スコータイはとてもよい所だ。水には魚が泳ぎ、田には米が実っている」と記されている事から、当時の食生活の豊かさが垣間見られます。
また、当時の王は民間とは家族のような関係であったため、スコータイ時代には宮廷料理はまだありませんでした。
■アユタヤ時代
当時のアユタヤは大変国際的で、ラオス人、カンボジア人、中国人、インド人、ペルシャ人、オランダ人、ポルトガル人などに交じって日本人とも貿易関係にありました。
そして、この中のポルトガルから唐辛子がタイに持ち込まれたのです。あるフランス人がアユタヤ時代の食生活について記した文章には「マスタードのような粘着性のあるカピと呼ばれる、カニの塩漬けを発酵させたソースを珍重している」と書かれている事から、当時からナムプリックが食べられていた事が分かります。
この頃から、王はバラモン梵天とシヴァ神とヴィシュヌー神の三神が合わさった天上人とされ、庶民と区別するため食事を、という事で宮廷料理が確立されたと思われます。
■バンコク時代
さらに貿易が盛んになり、世界各国との交わりのある中、特に中国との関わりが多くなり、中華料理の影響を受けました。
また、ラマ5世チュラーロンコーン王は大変なグルメで、毎年新年には料理コンテストを開催したとされています。
それらを経て、宮廷料理は益々洗練されていき、現在の複雑でいて繊細なタイ料理に育っていったと思われます。